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星火方正
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第2号(2006年3月発行) / 1冊13記事 を表示しています。

  第2号(2006年3月発行) 第2号(2006年3月発行)表紙

方正訪問記―「方正日本人公墓」と私1
南誠
まだ、10月末だというのに、中国東北地域は既に冬景色に染まっていた。見渡すかぎりの畑は雪に覆われていた。街の人は寒さに身を縮みながら、冬支度に励んでいた。今回は麻山事件の生存者(老婦人)、高校の教師、カメラマンと私の四人旅であった。目的の一つは麻山事件のドキュメンタリーを作ることである。三泊四日という短い旅だったが、麻山事件の跡地(西大坂)、青竜村、方正などの地を訪ねた。 /// 続きは本誌ご参照
北京での新年5
今村春江
新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。私は今、家族4世代で北京に来ています。1982年一家で日本に引越しをしてから、家族がそろっての中国は初めてのことです。今回の北京旅行には一つ大きな目標がありました。それは、私の祖母に今の中国を見せる事です。 /// 続きは本誌ご参照
方正6
伊藤俊(和光大学4年生)
ハルピンから北東へ車で3時問半、方正県の日本人公墓へ行くと決まったのは急なことで、訪問日の二日前だった.ヤマザンこと山崎文徳くんが、方正で日本語学校の名誉塾長をしている王鳳山さんや役所の方に連絡を敢つて実現したのだ。 /// 続きは本誌ご参照
千葉県“方正郷”はいま7
吉田照也(千葉市)
千葉市周辺には方正出身の帰国者が多い。それには理由があった。その理由について、現在、東京地裁で進められている中国残留孤児国家賠償訴訟・千葉県原告団の代表者、吉田照夫さんに寄稿をお願いした。原稿は中国語、日本語どちらでも書きやすい言語で、とお願いしたら、すべて日本語で書いてくれた。(編集部) /// 続きは本誌ご参照
「満蒙開拓と伊那谷―慰霊碑は語る」の出版にかけた想い10
寺沢秀文(長野県)
かつて中国東北部に13年問だけ存在した幻の国「満洲」。この満洲に全国から約27万人余の開拓団等が渡満し、その中で最も多かったのが長野県であり、そして県内でも最も多かったのが私の住む飯田・下伊那地方を含む県南・伊那谷地区でした。言わば全国で最も多くの開拓団を送出したこの伊那谷だけに、戦後、満蒙開拓に係わる慰霊碑等が各地に建立されています。しかし、戦後60年を経る中で、元開拓団員等も高齢化が進み、こういった慰盤碑の維持管理等にも支障を来たしつつあり、山中に埋もれどこにあるかさえわからないようなものすらあります。 /// 続きは本誌ご参照
ニュース:加藤紘一氏の公墓参拝を確認!12
大類善啓
1月27日、衆議院議員会館に加藤紘ー氏を訪問した。当会の参与である木村直美が旧知の加藤氏のアポイントメントを取り、当会顧問の韓慶愈(社団法人日中科学技術文化センター理事長)と大類が一緒に加藤氏を訪れた。木村から、当会の設立経緯を紹介しその後、方正についてお聞きしたところ、次のようなことがわかった。 /// 続きは本誌ご参照
記憶・戦後60年:4500柱、公墓に眠る開拓民―「小泉首相もお参りを」13
林涼子(東京新聞社会部)     転載元:東京新聞(2006年11月20日付)
枯れ草をかき分けると、風化した無数の白骨が散乱していた。一九六三年四月。中国東北部の黒竜江省ハルピン市方正県にある砲台山のふもと。中国人の夫とともに荒れ地を開墾していた松田ちゑさん(86)には、それが何かすぐに分かった。 /// 続きは本誌ご参照
日本政府に忘れられた中国の日本人公墓14
陳志江(華人週報)     転載元:華人週報(2005年12月8日付)※中文原文添付
方正県は黒龍江省ハルピン市の東南165キロのところにあり、人口わずか23万人の小さな県である。この中心、方正の街が有名なのは、この街に建設された世界でも類のない公墓によってである。それは戦争の被害を受けた国の政府が侵略国自身の犠牲者のために建設したものだからである。当時、みずから日本人公墓の建設に関わった元黒龍江省政府外事部門の趙喜晨先生が、その由来を詳しく説明してくれた。 /// 続きは本誌ご参照
北京放送が方正日本人公墓を取材し放送!―60周年特別番組「ポプラが語る日中の物語」17
大類善啓
会報1号で、北京放送(日本語放送)が昨年8月15日と16日に特別番組として、日本人公墓を取り上げて放送したこと、私(大類)にも北京から取材があったことを紹介した。その後、北京放送の王丹丹さんから、その時の録音テープ、また放送台本も送付していただいた。 /// 続きは本誌ご参照
執筆者紹介/ご支援ご協力のお願い22
方正友好交流の会
記事の構成上、紹介できなかった執筆者のプロフィールを、簡単ですが紹介します。なお、文中で執筆者のプロフィールがわかる人は省略しました。今村春江さん、伊藤俊さん /// 続きは本誌ご参照
方正日本人公墓 墓参の旅23
方正友好交流の会
6月中旬に公墓を訪れる旅を企画しています。墓参だけでなく、60年前、多くの同胞が各地の開拓団から命からがら方正にたどり着いた時の収用施設跡の見学や地元の人たちとの懇談など、方正公墓の意味を問い直す、当会ならではのメニューも考えたいと思っています。 /// 続きは本誌ご参照
報告/書籍のご案内24
方正友好交流の会
『風雪に耐えた「中国の日本人公墓」―ハルビン市方正県物語(方正友好交流の会編著)』、『日本と中国 その底辺を翔けた70年(石井貫一編著)』、『天を恨み 地を呪いました一中国方正の日本人公墓を守った人々(奥村正雄編著)』、『二つの祖国 ある中国残留孤児の証言(北澤博史著)』 /// 続きは本誌ご参照
編集後記25
大類善啓
昨年6月再編総会を終え、会報を9月に発行してから、半年ほど経過したことになります。昨年方正を訪問した若い世代の原稿を掲載でき、なんとか2号目を発行することができました。その間、いろいろ新聞等で方正の公基を紹介していただきました。当会の重要な目的の一つである、公墓の存在を多くの日本人に知っていただくという意味では活動の大きな成果とも言えますが、それ以上のことが出来たかといえば正直いって忸怩たるものがあります。しかし焦らず、小さい会なりに出来ることを着実にやっていけたらと思っています。今後ともご支援ご協力をいただければ幸いです。 /// 続きは本誌ご参照
 
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